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NO・4 球道一筋
監督になった男の、同期の仲間が、草野球チームを作るということで、店に訪ねてきた。
お元気ですか。?ご無沙汰しています。
オウ、元気やでー。毎日『かすみ』ばっかり食うとる。
相変わらずですなー。
ホットケー。
久しぶりの再会で、話がはずんだ。
ところで、光山さん、今どないしてますのん?と彼が聞いた。
まだ、ユニホーム着とるデー。ほんまですかー?
光山 英和 38歳
彼は、チームに入部したときから《プロ》を目指していた、感じがする選手だった。
全国大会でベスト4を手土産に、名門 上宮高校に入学。
選抜大会で仲田投手ひきいる沖縄 興南高校から サヨナラ勝ち。
翌年ドラフト4位で近鉄バッファローズに入団。
ここからが彼の、球道一筋の始まりであった。近鉄時代は、野茂投手とバッテリーを組み、ジャイアンツとの日本シリーズでは2ランホームランを放ち、3連勝の後の4連敗をも経験した。
近鉄で11年間在籍した後、1997年 中日ドラゴンズへ移籍。
1999年読売ジャイアンツに移籍。
2000年千葉マリンーズに移籍。翌年退団
大阪 万博球場で、行われた、メジャーリーグのトライアウトに中学生に混じってのトライアウトの参加。
翌年単身メキシコに渡り、メキシカンリーグでの現役続行。
2002年開幕直前の横浜ベイスターズへの入団。
翌年退団するも、
韓国ロッテに入団。現在捕手一筋にて、現役 活躍中!
《現役プロ生活20年》
がんばれ! 英和。みんなが見ている。
光山さんて、本当に凄いですね。
ホンマヤナー。お前も頑張れよ。
はい。
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